初期中山道とは

中山道と初期中山道

中山道は、東海道・奥州街道・日光街道・甲州街道とともに江戸幕府の定めた五街道のひとつとして重要な街道でした。
中山道が定められた当初は、下諏訪より東堀・小井川・岡谷を通り、三沢から小野峠を越え、さらに牛首峠を抜け、桜沢(塩尻市贄川)に通じるものでした。
これは、当時の勘定奉行大久保長安が江戸の町づくりのために多くの用材が必要だったため、木曽の森林資源に着目し、その運搬道路として開発されたためです。
この道路のうち、東堀から桜沢までが初期中山道と呼ばれる部分です。

中山道と初期中山道
社

初期中山道のみどころ

初期中山道と勝弦峠を結ぶ塩嶺王城パークラインの途中に、駐車場が設けられています。
そこから、諏訪湖や八ヶ岳、南アルプスを見渡すことができます。
また、天気が良い日には霊峰富士山を見ることができます。
夜景スポットとしても有名で、夜には自動車道がアクセントになった諏訪湖を楽しむ事ができます。

初期中山道のみどころ
石碑

初期中山道の歴史

中山道が、初期中山道から現在の中山道のルートになったのは、1614年(慶長19年)からで、大久保長安の没後1年のことでした。
江戸時代には、「中山道」と「中仙道」の両方の表記が使われていましたが、1716年(享保元年)に江戸幕府からの通達で、日本中央の山の道であることから「中山道」と名称が統一されました。

初期中山道の歴史

初期中山道の風景

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中山道サミット2014
中見出し

「中山道サミット」のチラシになります。
中山道に関するテーマを基にパネルディスカッションや交流会を行います。

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ゆっくり歩こう初期中山道
中見出し

「ゆっくり歩こう!初期中山道ウォーキング」のチラシになります。
裏面は中山道のルート変更400周年と名称統一300年のお知らせです。

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